2011年3月26日土曜日

落ち着かない

被害にあわれた方のことを考えれば何ということもないのだろうが、日々の生活は、それなりに緊張する。やはり計画停電が一番大きな要素。昨晩は、やるというので明るい内に食事をしたものの、PCも途中で落ちるのが嫌だし、風呂の途中でお湯が出なくなるのも困るといった具合で昼間はいいのだが、夜は落ち着いて何事もできない。何となく寝不足が続く。今日は都心へ。工事が終わった貸し屋の引き渡しだった。早めに着いたので、隣駅のスパゲッティー屋Hさんへ。久しぶりの味で美味しかったが、昼食時で満席。しばし、外で順番待ち、放射能も怖いが、花粉も深刻。目と鼻がぐずぐず。散歩は適度な距離で8000歩を稼いだ。ここ都心では防災対策が随分進んでいるように思えた。それに引き換え、埼玉県は大丈夫なのだろうか。

スーパーにも物が無いのは相変わらず。店内も薄暗い。駐車場のゲートが開きっ放しなのは、停電対策らしい。正直者の私は、この前はゲートが開いているのにも拘わらず料金を支払ってしまった。どこかで、その見返りはあるだろう。
Z大の新学期が気になっていたが、授業開始はGW空けまで延期された。4月1週目から行う専門学校と対照的だ。授業はどうやって消化するのか?それよりも当てにしていた4月の給料も無しということになるのが痛い。困った困った。

2011年3月24日木曜日

自粛なのか

ガソリンスタンドの行列はようやく無くなったが、スタンドは八割程度が売り切れ。数少ない開業店で給油。それでも行列が無くなったのは、ほぼみんな満タンになったのだろうか。この時機、自宅と借家の両方を改装していたが、工事の遅れはすべてガソリンが入手できない故の遅れ。物流が止まり職人さんが動けなかったのだ。普段あまり車を使わぬ人も不安に駆られてスタンドに並んだのだろう。今日は延び延びになっていた墓参りのために都心へ。電車の運行が不安定なので、途中駅までは車で。そこからは地下鉄が通っているので通常より時間はかかるが確実に都心まで行ける。彼岸にも拘わらず墓地は空いていた。古い墓石は崩れているものもあったが、そう数は多くなかった。

墓参りを済ませて、おばあちゃんの原宿へ。いつもならば人が溢れているのに、この静けさ。商店街の売り上げは相当落ち込んでいるだろう。
世の中全体に自粛モードに入った模様。不景気風が加速せねばいいが。

翌朝、電話があり、GWに予定されていたビッグレースが延期になったとのこと。こういう状態だから仕方がないとはいえ、色々と準備していたので残念。中止ではないということなので、また来年仕切直すのだろうか。

今夜は、やるやると言っていて実はまだ1回も経験していない計画停電。どうやら本当にやるらしい。
さて、どうなりますことか。

新学期の始まりも定かではないので、準備にも身が入らない。そろそろ本腰をいれなくては始まった時に慌ててしまうのは解っているのだが。

2011年3月21日月曜日

平常心で


トイレットペーパーがやっと手に入り一安心。一人一個だというのに、数個レジに持ち込み注意されていた人がいた。買いだめは本当に困ったものだ。ガソリンスタンド難民も相変わらず。給油待ち渋滞はもの凄い。車を使わなくても生活できる都会はいいが、こちらはコンビニまでも車でなくてはいけぬ。ある程度は生活必需機械である。外出する時はスタンドがある道を避け、できるだけ車線の多い幹線道路を行くことに。それでもスタンド前を抜けるのは大変。なかなか落ち着かなくて仕事が手に付かぬが、あと2週間で新学期。今のうちに出来ることをしておかねば。ずっと、放っておいた講演のテープ起こしをぼちぼち始めるとするか。テレビの番組も通常のプログラムへ戻りつつあるようだ。3月20日の出来事。

2011年3月19日土曜日

やっと店子さんが

貸し屋として募集を掛けている都心の家が一向に借り手が付かない。改装だけは順調に進んで借金のみが発生して頭が痛い。今日は工事の状況をチェックに上京。渋滞を心配して早起きして出かけた。案の定渋滞箇所は街道筋のガソリンスタンド。うまく避けながら予定より早く到着したので、遅めの朝食を。某国立文化施設の脇には絶品の立ち食い蕎麦屋が。注文を受けてから天麩羅を揚げる立ち食い蕎麦屋は知る限りここだけ。多分同年代と思われる親父さんも元気そうだった。ひっきり無しに客が入れ替わる。
ここから貸し屋までは車で数分。小さな街道には面白い光景が、街路樹がガードレールをくわえてしまっているのだ。がぶっ!
貸し屋の改修工事は地震の影響で数日の遅れが発生とのこと。
面白かった出来事。ポルシェ君で乗り付けたら、工事の方に「駐める場所は無いよ」と一喝されてしまった。「ゴミの回収?」って聞かれたので、「大家です」と答えたら態度急変。作業を中断し車を入れるスペースを作ってくれた。私の風体がそう見せるのだろうか。職業に貴賤は無いといいながらも力関係はあるのだなと思った。
細かい修正箇所を数点お願いし、お仕事の邪魔をせぬように早々に退散した。

夕方になって嬉しい知らせ。今日の午後お客さんが来て、一発で気に入って借り入れ申し込みをしたそう。先日の帰宅難民の影響か、都心の物件の人気が急上昇したらしい。私が大家ですなどと挨拶するタイミングは、すれ違いで無かった。考えるまでもなく、居合わせなくて良かったのだと自分に言い聞かせた。これで借金返済の目処が立つといいのだが。

非常事態

香港在住の息子から電話。何でも結構な人数が日本から避難に押し寄せているとか。放射能を恐れての事らしい。勤め先のホテルは満室状態とか。香港へ非難に来ないかという誘いだったが、厚意は有難いが、金欠状態につき無理と返答。当面生活には困っていないが、本日は灯油とガソリンを入手した。灯油は販売停止のお店で10Lだけ分けてもらった。これでしばらくは暖房も困らない。ポルシェ君は動き回っているのでタンクが半量を切ったので、給油待ちの列に並ぶことに。給油の列で必ず起こるのが割り込み。経験的に言えば、割り込むドライバーの90%以上が中年の女性。よっぽど面の皮が厚いとみえる。堂々と臆せず割り込む勇気は私には無い。スタンドは2000円均一給油。スタンドに入ってしまえば能率は良い。基本的に交通量は少ないのだが、渋滞の原因は例外なく給油渋滞。片側1車線の道は避けた方が良い。路線バスとその利用者が可愛そう。この渋滞はいつまで続くのか。3月18日の出来事。

2011年3月18日金曜日

卒業式



次々と悲惨なニュースが入ってくる。特に釜石は仕事で3回行き、出前授業をしたことがあるので、見覚えがある風景が。学校はすべて高台に建てられ、過去にも津波の被害は少なからずあったので防潮板などの設備はあったのだが、今回のは規模が違う。皆無事に避難が済んでいればいいのだが。さて、今日は最後の勤務校の卒業式。今、関係しいる大学などは全て卒業式は中止になったが、ここはやるらしい。電車が動いている駅まで何とかして出れば、行き着けそうなので、早起きして、出かけることに。電車はいつもの倍近い時間は掛かったが無事に到着。六年生と保護者だけの小さな卒業式となった。卒業生を教えたのは、この子達が三,四年生の頃だが、みな大きく成長していた。それにひきかえこちらはといつも思ってしまう。今年で退職する昔の仲間と会食でもするつもりだったが、こんな事態なのでお流れに。ささやかな記念品のみ手渡すことができた。
帰り際には、お世話になった写真屋さんと喉を潤して、しばし懇談。
帰りの電車も止まり止まりで何倍も時間がかかって帰宅。予定停電地区に毎日のように引っかかているので、暗くなる前に食事をして節電。トイレットペーパーなど買い置きしないので、喫茶店のトイレに鎮座するペーパーが神々しく見えた。
3月16日の出来事

それでも海へ

土曜日は道路が開通していなかったので自宅で待機。日曜日は高速も通じたということで、予定されていた整備をしに海へ。木更津在住のM氏が早朝から仕事を始めていたので、急遽用意をして海へ。車を出してみると、どのスタンドもガソリンが売り切れ。幸運にも裏道のスタンドで給油完了。高速に乗る前に自衛隊の駐屯地を通るが救援物資を満載したトラックが何台も通って行った。
高速は渋滞も無く、すんなり通過。あきらかにツーリングへ行くと思われるバイク軍団に遭遇。まあ、こちらも似たようなものなので、こんな事をしてていいのかという思いもあったが、やりかけの整備だったので、頑張って終わらせることに。夕方までには終了。M氏は帰宅したが、私はライフラフトの整備を工場へ持ち込む為に1泊。人っ子一人いないハーバーは不気味であった。横須賀にあるラフトの工場は通常営業。ポルシェ君の荷室は広いので楽々運搬できた。ラフト工場の近くのスタンドは順番待ちの列が短かったので、給油の為に順番待ち。約40分で無事に給油できた。これで自宅まで問題なく帰れるだろう。帰りにマリンショップに立ち寄り国際VHF無線機を購入。2万円を切る価格にびっくり。規制緩和さまさまである。
3月13日から14日にかけての出来事。