2011年3月30日水曜日

良く働いて

昨日は頭脳労働に明け暮れ疲れ果てたので、今朝は起き抜けに肉体労働を。といっても「てっぱん」を見ながら朝ご飯なので決して早起きしているわけではないが。とにかく、テレビを見終わったら、外に出て椅子の修復。屋外で使っているのでニスの部分が随分痛んでいたのが気になっていたのだ。暖かい陽ざしに誘われ屋外で作業。背板の部分はいいのだが、座るところは、もう重症。何度かやって濃い色に着色するしかないのだろうが、今日は手持ちの材料で補修。塗り重ねる事4回。背板はバリッと仕上がったが座面は今一つ。今後の課題とした。早く船にも行ってニス塗りをしたいのだが、なかなか海行く時間が取れずにいる。

時間のこともあるが、何となく海へ行って遊ぶ気にまだなれないというのが本音か。午後は保育園の書類づくりの後半をした。昨日の産みの苦しみに比べれば、さほどの苦労もなく4月分の書類は作り終えメールで送信。昔と違って郵便局へ駆け込んだりしないので、あっけない終わり方。

今日はたくさん働いたので、明るい内に風呂に入ってのんびりとするか。

2011年3月29日火曜日

ツケは回って

今日は一歩も家を出ず、自粛の日。と言っても震災を考えてというような殊勝な事では無い。溜まっていた仕事の締め切り日に追いまくられているのだ。4月からの仕事は、そのほとんどが初のジャンル。まあ、頂いたお仕事はお断りしない事にしたので、何とか挑戦。それにしても未知のことを偉そうに教えるのは度胸もいるが、実務的な準備も必要。大人ならば、ある程度の話術で誤魔化せもするが、相手が純なお子様となるとそうもいかない。一番労力を要したのがH市の私立保育園の造形指導員の仕事。何しろ一年間、計24回の指導内容を書面化しなければならない。集中してやれば午前中で片付くと高をくくっていたが、作業は難航。日が暮れるころにやっと何とか格好がついた。それでも分量的には半分をこなしただけだが、期日前に完成。正直ほっとした。やれやれ。あと3日で今年度は終了。まだまだ復興には時間が掛かる日本だろうが、新学期の足音は着実に近づいている。まだまだ心の準備が出来ずにいる今日この頃である。

2011年3月27日日曜日

気分を換えて

海へ行かない週末は、何となく調子がおかしい。船に行かないのは地震の事もあるけど、予算節減のおり、3月が保険不担保のゆえでもある。今日は溜まっている書類作成は諦め、朝から大工仕事。もとより大した内容ではなかったが、電動工具の威力は凄い。あっと言う間に作業完了。風もそれほど冷たくなく、外での作業が心地よい。昼は、大家仕事で、またまた都心へ。節電の影響か、放射能への心配か、いつになく道は空いていた。折角都心に出たので、美術館でのワークショップに参加。イベント自粛の影響で中止になったワークショップを内々でやるというのでゲスト参加という次第。「卵つと」という山形の伝統技法を教わった。理屈は解るが、なかなかからだが付いていかぬ。一応卵は藁の中に納まったが、出来映えは見られたものではなかった。でも、手仕事は気分転換に最適。ある時間だけでも集中出来るのはいいことだ。
さて、3月も残すところ、あと4日。
明日から書類作成の追い込みに入らねば。

2011年3月26日土曜日

落ち着かない

被害にあわれた方のことを考えれば何ということもないのだろうが、日々の生活は、それなりに緊張する。やはり計画停電が一番大きな要素。昨晩は、やるというので明るい内に食事をしたものの、PCも途中で落ちるのが嫌だし、風呂の途中でお湯が出なくなるのも困るといった具合で昼間はいいのだが、夜は落ち着いて何事もできない。何となく寝不足が続く。今日は都心へ。工事が終わった貸し屋の引き渡しだった。早めに着いたので、隣駅のスパゲッティー屋Hさんへ。久しぶりの味で美味しかったが、昼食時で満席。しばし、外で順番待ち、放射能も怖いが、花粉も深刻。目と鼻がぐずぐず。散歩は適度な距離で8000歩を稼いだ。ここ都心では防災対策が随分進んでいるように思えた。それに引き換え、埼玉県は大丈夫なのだろうか。

スーパーにも物が無いのは相変わらず。店内も薄暗い。駐車場のゲートが開きっ放しなのは、停電対策らしい。正直者の私は、この前はゲートが開いているのにも拘わらず料金を支払ってしまった。どこかで、その見返りはあるだろう。
Z大の新学期が気になっていたが、授業開始はGW空けまで延期された。4月1週目から行う専門学校と対照的だ。授業はどうやって消化するのか?それよりも当てにしていた4月の給料も無しということになるのが痛い。困った困った。

2011年3月24日木曜日

自粛なのか

ガソリンスタンドの行列はようやく無くなったが、スタンドは八割程度が売り切れ。数少ない開業店で給油。それでも行列が無くなったのは、ほぼみんな満タンになったのだろうか。この時機、自宅と借家の両方を改装していたが、工事の遅れはすべてガソリンが入手できない故の遅れ。物流が止まり職人さんが動けなかったのだ。普段あまり車を使わぬ人も不安に駆られてスタンドに並んだのだろう。今日は延び延びになっていた墓参りのために都心へ。電車の運行が不安定なので、途中駅までは車で。そこからは地下鉄が通っているので通常より時間はかかるが確実に都心まで行ける。彼岸にも拘わらず墓地は空いていた。古い墓石は崩れているものもあったが、そう数は多くなかった。

墓参りを済ませて、おばあちゃんの原宿へ。いつもならば人が溢れているのに、この静けさ。商店街の売り上げは相当落ち込んでいるだろう。
世の中全体に自粛モードに入った模様。不景気風が加速せねばいいが。

翌朝、電話があり、GWに予定されていたビッグレースが延期になったとのこと。こういう状態だから仕方がないとはいえ、色々と準備していたので残念。中止ではないということなので、また来年仕切直すのだろうか。

今夜は、やるやると言っていて実はまだ1回も経験していない計画停電。どうやら本当にやるらしい。
さて、どうなりますことか。

新学期の始まりも定かではないので、準備にも身が入らない。そろそろ本腰をいれなくては始まった時に慌ててしまうのは解っているのだが。

2011年3月21日月曜日

平常心で


トイレットペーパーがやっと手に入り一安心。一人一個だというのに、数個レジに持ち込み注意されていた人がいた。買いだめは本当に困ったものだ。ガソリンスタンド難民も相変わらず。給油待ち渋滞はもの凄い。車を使わなくても生活できる都会はいいが、こちらはコンビニまでも車でなくてはいけぬ。ある程度は生活必需機械である。外出する時はスタンドがある道を避け、できるだけ車線の多い幹線道路を行くことに。それでもスタンド前を抜けるのは大変。なかなか落ち着かなくて仕事が手に付かぬが、あと2週間で新学期。今のうちに出来ることをしておかねば。ずっと、放っておいた講演のテープ起こしをぼちぼち始めるとするか。テレビの番組も通常のプログラムへ戻りつつあるようだ。3月20日の出来事。

2011年3月19日土曜日

やっと店子さんが

貸し屋として募集を掛けている都心の家が一向に借り手が付かない。改装だけは順調に進んで借金のみが発生して頭が痛い。今日は工事の状況をチェックに上京。渋滞を心配して早起きして出かけた。案の定渋滞箇所は街道筋のガソリンスタンド。うまく避けながら予定より早く到着したので、遅めの朝食を。某国立文化施設の脇には絶品の立ち食い蕎麦屋が。注文を受けてから天麩羅を揚げる立ち食い蕎麦屋は知る限りここだけ。多分同年代と思われる親父さんも元気そうだった。ひっきり無しに客が入れ替わる。
ここから貸し屋までは車で数分。小さな街道には面白い光景が、街路樹がガードレールをくわえてしまっているのだ。がぶっ!
貸し屋の改修工事は地震の影響で数日の遅れが発生とのこと。
面白かった出来事。ポルシェ君で乗り付けたら、工事の方に「駐める場所は無いよ」と一喝されてしまった。「ゴミの回収?」って聞かれたので、「大家です」と答えたら態度急変。作業を中断し車を入れるスペースを作ってくれた。私の風体がそう見せるのだろうか。職業に貴賤は無いといいながらも力関係はあるのだなと思った。
細かい修正箇所を数点お願いし、お仕事の邪魔をせぬように早々に退散した。

夕方になって嬉しい知らせ。今日の午後お客さんが来て、一発で気に入って借り入れ申し込みをしたそう。先日の帰宅難民の影響か、都心の物件の人気が急上昇したらしい。私が大家ですなどと挨拶するタイミングは、すれ違いで無かった。考えるまでもなく、居合わせなくて良かったのだと自分に言い聞かせた。これで借金返済の目処が立つといいのだが。