2012年2月8日水曜日

かんせ〜

昨晩の窯入れから29時間、待望の取り出しをした。最後はなかなか温度が下がらずヤキモキしたが、ここで焦って蓋を開けて作品を破損した事数知れず。50度までまてと言われたが、60度を切ったので我慢できずにそうっと・・・嫌な音はせず、やれやれ。実はもう眠くて眠くて仕方がなかったのだ。出来てました。綺麗に長石釉もかかっていました。やれやれ。
表はうまく行くのだけど、裏に釉薬を垂らし、棚板に張りつかせてしまった失敗もこれまた数えようがないぐらい。お皿を選んだのは高台が付いているので失敗が少ないだろうという計算もあった。高台部分は丁寧に釉薬を拭き取ったのが良かったのだろう。棚板に固着する事もなく、するっと取り出せた。ほんのり以上、あちっち以下の適温を楽しみ、にんまり。やはり物造りすることは楽しいものだ。今日は、他にも沢山仕事をこなしたが、一日付き合った焼き物に一番充実感を覚えた。
2月8日の出来事。

2012年2月7日火曜日

今日も雨からスタート

呑んだ次の朝は、やっぱり辛かった。雨が降っていて暗かったせいもあり朝寝坊。しかも武蔵野線が遅延。何とか専門学校の駅で朝飯にありついた。改札隣の立ち食い蕎麦へ。標準装備の煮卵に惹かれYラーメンを朝から注文。昔の味のラーメン、懐かしかったあ!

今日は最後の授業、学年末でもあるが次年度はリストラされたので文字通り今日が最後。発表は3名。Wikipedia丸写しの子がいて、書いた当人でも解らない用語が並んでいた。早速質問あり。オルタネーティブって何ですか?さあー?書いてあったんでー。そこで先生登場。それは「二者択一」ていう意味ですよ。今朝は寒くて眠くて学校へ行きたくないのがAとすると、今日行かねば単位を落とすから何が何でも行くのがB。このようにAかBか究極の選択をすることですよ。一同爆笑!先生、すごく解りやすいお話でした!これが、1年間やってきたホリスティック教育学の最後のまとめであった。成績も直ぐにつけてもう二度と来ないであろう校舎とお別れ。屋上の檻のようなバスケットコートが雨に濡れて淋しそうだった。

気を取り直し帰宅。先日来訪してくれた教え子の絵皿を本焼することに。しばらくやっていないので忘れていること多く、陶芸屋さんの職人さんへ電話すること数回。でも、やっているうちに からだ が覚えていて何とか終了。待望の窯入れとなった。今日の深夜から炊き始めるが、今はタイマー仕掛けの便利な電気窯。さて、明日の夕方には無事に作品があがるでしょうか。実は、内心ビクビクなんですけど・・・
2月7日の出来事。

曇りのち冷たい雨

月曜日の朝は早起きが辛い。今にも降り出しそうな空を眺めながら出勤。今日は予習不足だったが、早朝に起き出して何とか制作見本を創り出した。切羽詰まらねばやらない性格は、死ぬまで治らないのだろうか。スタートが遅いのは考えている時間が長いからだと思うのだが。
トイレットペーパーの芯を使って おひなさま づくり。画一的な作品が出来やしないかという心配は杞憂だった。どの子も、その子しか作れないこの世でたったひとつの輝くような作品ばかり。男びなと女びなが手をつないで微笑んでいる作品には思わず拍手、いや感服。子どもは天才!






夜は所変わって銀座の画廊巡り。知人のオープニングに参加。九州から取り寄せた、いや単に通販で安いところを探しただけだが、ミニチュアスパークリングのボトルには丁寧にリボンが巻かれていた。1ケース分の本数を一本一本リボンを結んでくださったご苦労に対してお礼のメールをしなくては。心配された遅配もなく、指定時刻きっかりに画廊に到着したとか。日本人の正確さ、特にY社のデリバリーサービスは凄い。世界に誇れる細やかさだろう。知人の作品は、もっと広い場所で見たかったが、それぞれの作品には魂が籠もっていた。私同様と思われる太い指から産み出される作品はどれも繊細。また、絶えず創作している姿勢も立派、少しは見習わなくては。

2月6日の出来事。

2012年2月6日月曜日

恩師を訪ねて

すっきり目覚め、もっとゆっくりしたかったが南国の駅へ。始発の電車に乗って北上。
沿線の駅はどこも可愛らしく懐かしい駅舎ばかり。最近やっと、Suicaのタッチパネルが付いたらしい。パーキングメーターにも似たその姿が、また愛らしかった。途中で旧い看板を発見。東京湾を橋で繋ごうというアピールだった。すでに絵は剥げ落ちていた。いつ頃設置されたものなのだろうか。橋ではなく海底トンネルとして実現するとは当時の人々は思いもよらなかっただろう。その看板を写真に撮ろうかとも思ったが、僅か30秒ほどの停車時間では乗り遅れが恐くて断念。海を左手に眺めながらさらに北上、普通の市街地になってきたところで下車。高校時代の親友、NK夫妻がお出迎え。実は、ここ2年ぐらい探し続けている元校長先生宅を探しあてたので突撃隊という訳。実はちょっと複雑な事情があり探偵団を続けていたのだった。高校時代の友人が消息不明。その元校長氏の姪っ子さんが高校時代の友人と結婚したまでは解っているので、何か手がかりは無いかと押しかけた訳。元校長氏を捜し当てるだけでも大変だったが、それよりも計算上ご存命であれば90歳の筈なのでお元気かどうかが心配。結論からいうと、数年前に鬼籍に入られていて、ご住居は更地になっていた。ご近所の方に校長氏の元気だった晩年のお話を伺うことが出来たのは収穫だった。でも、これで2年続けた少年探偵団は解散となった。







気を取り直してNK夫妻にもう一軒お付き合い頂く。全く門外漢だった私を美術教育の道へ進ませてくださった恩師の元へ。かつては閑静な住宅地だった郊外の家そのものは変わっていなかったが、周辺は全く様変わりしていて迷子になってしまった。探す事20分あまりでアトリエに到着。聞けば先生は83歳とか。お元気そのもの。自作のアトリエも全く変わらず。地震でも崩れなかったそう。このアトリエには学生時代に呼ばれたことがあった。手伝って欲しい事があるとのこと。何と、庭で絵を燃やすという信じられない事をお手伝いしたのだった。長い間の抽象を捨て、具象絵画に方向転換した時期だったらしい。帰りがけに立派な作品集をいただいたが、その後書きにこうあった。「今回作品集を作るに当たって困ったことがありました。昔の抽象時代の作品を焼いてしまい、それらが残っていないのです。今から思うと若気の至りで勿体ないことをしたなと思うが、そこで出来た心の隙間を埋める作業をその後してきたような気がする、いやそう思いたい。」
先生の画業発展の為に、一役買ったことが判明し、嬉しく思った。だが、数枚でも拾っておけばよかったと考えるところ、俗人中の俗人なり。
先生の退官を記念して仲間と差し上げたシップクロックは、まだ健在。裸婦を描く方なので、モデルさんが時間を正確に読んで困ると苦笑しておられたが、満更でもなさそうだった。今でも正確に時を刻み続けているとか。28年間の月日の間、一度も休むこと無く。

2月5日の出来事。

南の海へ

昨晩、帰宅中バスから降りて大変なことが。大事にしていたスマホのアクセサリー、ミッフィー大神が居ない!意気消沈したが、翌朝、一途の願いを込めてバス営業所へ電話。一番後ろの席に落ちていた3cmぐらいのマスコットですか?ヤッター。乗車の時に友人へ電話を架けた通話記録からバスに乗った時刻が特定出来たこと、たまたま車庫行きのバスだったことが幸いした。SBバス最高!ちゃんと車内点検してるんだ。表向きには娘もホッとしますと告げたことは言うまでもない。
昼からT大の外洋ヨット60周年記念パーティーにゲストの一員として参加。立食で気取らぬパーティー。上から下までの代がうまく繋がっている様子に感服。珍しくブレザー姿、しかもヨットクラブのワッペン付き、昔の協会ネクタイという姿が目を惹いたのか、色々な方に話掛けられた。嬉しかったのは、かつてのBlueRibbonを知っている方々のお話。大型艇で、他大学が苦労して波の中に沈みそうになって走っている時でも余裕の安定した走りをしていたそうな。皆の羨望の的だったとか。
やはり、伝統のセイル番号は守らなきゃ。
参加者一覧表を見て、同期がいないなと考えていたら、はたと思いついた。学園紛争のあった年で、その年だけT大は学生不在だったのだ。外へ出ると学園紛争のシンボルの講堂は現存していたが、周りの大きな建物に囲まれ往事の威厳はない。個人的にも色々と思い出のある敷地内を散策。時の流れを実感。

東京駅からバスに揺られること100分あまり。館山に到着、頬を撫でる風がは温かく、さすが南国という感じ。ヨットクラブの総会へ。乗せて頂いてる船は年間総合優勝、オメデトウございます。総会では胃が痛くなるような議論が続いていたので、優勝記念のカットモデルを手に取った時は正直ホッとした。3月、オーストラリアの国際草レースへ向けて事実上の結団式。昼のパーティー同様、夜も節酒。海の音と空気に包まれながら民宿で熟睡。
2月4日の出来事。

2012年2月4日土曜日

あちらこちらと

今日は、色んなところへ移動距離多い一日だった。午前中は横浜の車の修理屋さんへ。待ちの間にお出かけ。車が建物の中に!ここはどこ?昔、T社のテストコースだったところが、巨大ショッピングセンターに。その関係か、ショッピングモールの1階は車屋さん。すべてT社なのだが、ディーラー毎に取り扱い車種が違い、はっきりとテリトリーが分かれている。同じT社でもライバルだからね。ちょっとだけ興味ある車に試乗、まあ、T社の車は可も無し不可も無しといったところ。
その後、電車に乗り換え都心へ。以前に遠足に行ったところが気になるのは歳をとった証拠か。いや、一昨日の教え子との濃い時間を、まだ反芻しているのだろう。電車の揺れが、ハートの中まで揺らしている。
会合あって、古巣のO大へ。会合は雰囲気が合わず、途中退出。次年度の授業を助けてくださる方と授業の打ち合わせ。構内を下見する。以前は都心にも拘わらず、僅かではあるが手つかずの自然が存在し、子ども達の格好の遊び場となっていた。あー!悲惨。見事に整備いや、破されているではないか!ひどい!無残にも切り取られた大木の切り株が痛々しかった。

相談は、そのまま飲み会へ。酒を3回呑ませるという看板に釣られてGK駅前の蕎麦屋へ。1回目は冷酒で、2回目は常温で、3回目はお燗でという訳。何だかんだで、私が3、お連れは1ぐらいの割合で呑んでしまった。3倍呑んじゃった訳だ。いかんいかん、明日も飲み会が続くが節酒、節酒。出来るかなあ?
2月3日の出来事。

2012年2月3日金曜日

また日常が

昨晩の教え子との再会濃い時間が脳裏から離れず夢心地。ふわふわと身体離脱の幽霊状態だったが、現実は容赦なくやってくる。早朝に起き出して、本日の保育園の予習を。地元なので難なく間に合いM保育園へ。今日の4歳児は、自分で色の短冊をつくり、それを絵の一部に使って何かを描くというものだったが、何故か家造りに集中。自分だけのオリジナル色紙がカラフルで素適だった。
子どもは天才!また発見。短冊をルール状にして立体的に貼り付けている子がいた。学年末に一冊の本に綴じる時には困るだろうが、それは大人の事情、それを子どもの想いが一気に突き抜けることが凄い凄い。
また、子どもから学んでしまった。
後半の5歳児クラスは穴蔵を掘って、そこに冬眠するとしたらというもの。絵の具を溶いたりしていたら、掌は絵の具だらけ。まあ、これも勲章かな。やはり、この仕事嫌いではないようだ。2月2日の出来事。