2012年1月13日金曜日

クレーマーじゃないんだけど

今日は、新年初保育園。地元のM保育園へは車で5分なので朝寝坊が出来てうれしい。遠いところだと渋滞を心配して早めに現地入りするので、時間調節のためコンビニで買い食いなどしてしまうが、近所だとそういう心配は無い。4歳児さんは元気いっぱいでエネルギッシュ。絵の周りを走り回ったりしてました。それに引き替え5歳児さんは大人しい。1歳の違いは大きいと見るのは素人。要は指導者の姿勢なのです。最低限のマナーは大事だが、それとお行儀、お行儀と押さえつけるのは違うと思う。日本の教育はどうしても後者が多くていけない。のびのび育つには、指導者の懐の大きさが必要と見つけたり。

名人工房へ立ち寄り、車の整備打ち合わせ。必要あって近所の用品屋さんへ。特殊な部品なので在庫なく、特注で作ってもらうこととした。それでもワンセット200円ぐらいのもの。日本にもまだ町工場も健在のようだ。道すがらハタと気になる光景があり車を停めた。広場の中に黒い塊が点々と。ツームストンのよう。近づいてみたら準備中の畑だったが、なかなか美しい光景だった。いつかは地面に還るのか、いや、やっぱり海に蒔くのがいいかな。

帰宅して宅配屋さんへ電話。不在配達票の番号へ掛けるがこちらの声が聞こえぬという。続いて仕事関連で電話をしたら、向こうの声がかすれてる。八ヶ岳では問題なく使えたのに。お客様サービスは応答してもらうまで時間が掛かっていらいらするので我慢していたが、もう限界。Emに電話、あっけなく3分で繋がった。コツは空いていそうな部署へ回すこと。応対を聞くと段々腹が立ってきた。いわゆるマニュアル応答なのだ。だんだん、血圧上がってきてヒートアップ。とにかく自宅で電話できなきゃ、買い換えた意味がない、ちゃんとサービスエリア内のはずなのに。調査ということで1週間後に返事が来ることになった。まあ、対応している方も大変なのは解るが、こちらの要望は単純。家で電話したいよう!!それだけ。さて、どうなりますことか?
1月12日の出来事

2012年1月11日水曜日

夢のアトリエ訪問

さいたまの朝は寒い、NZ駅までの道から見える畑は霜で真っ白。吐く息が白い。駅まで20分はしっかり歩くので、改札を通る頃はホカホカ。武蔵野線が途中まで満員で暑いことったらない。弱暖房車って無いのかなあ?専門学校は、本日発表の当人が欠席というハプニングがあったが後半の一人の発表が素晴らしく、救われた感じ。充実感あって授業終了。今日は家へ帰らずに山へ向かった。八ヶ岳の山荘にアトリエをセルフで建てた友人の招きに応じて、中央フリーウエイーを西へ。黒ウサギさんのターボ改造の真価を試す時でもある。予想に違わず、大幅に体感上の性能アップ著しい。メーターもそれを証明していたが、そこは伏せ字といたしましょう。距離優先にセットした賢いカーナビに導かれ、甲府の手前で一般道へ。その後は20号線をひた走る。後で友人に聞いたら、その方が南アルプスの絶景が見られるとか。高速代も1100円なり。軽自動車は偉い!ガーミンの29800円ナビも偉い!3000円格安チューニングも偉い!
お山の家は直ぐに解った。自作とは思えぬ出来具合。薪ストーブの温もりが外からも見て取れた。内部は描きかけの山の絵があちらこちらに。
それにしても綺麗なブルーだ。美大の通信で苦労した仲間の中で、一番画業に専念している。他の仲間のことが話題になり、元気なうちに同窓会をということになり、出しゃばりな性格が顔を出し安易に幹事役を引く受けてしまった。さて、どうなりますことか。
ゆっくりしたかったが、仕事が山積み。朝のうちに失礼し、久しぶりに元気甲斐の弁当を買うために小淵沢へ降りた。途中何カ所か凍結していたが、さいたまの方が寒く感じた。山の空気が清々しいからか。

お弁当は、正直ちょっと落胆。思いあまって製造元へお手紙を書いたがさて、どうなりますことか。お返事来るかなあ?
1月10日から11日にかけての出来事。

2012年1月10日火曜日

想い色いろ

今日は成人式。何の関係が?地域を持たない学校に勤務していた関係で学校成人式に呼ばれたのだ。母校に集い成人式を行う習慣が、ここ数年で定着したみたい。低学年の時のお父さんのような存在だった私にとっては、息子や娘と12年ぶりの対面となる。挨拶はパスしたいので、という訳でもないがぐずぐずしている内に出遅れ、遅刻して入場したのでさすがに壇上の上席に座ることは躊躇した。
てきぱきとした会の進行ぶりをみても、受付の手際の良さをみても、子どもが大きく育ったことを実感。この時ばかりは教師冥利に尽きるというもの。
でも、何人か会いたい子に会うことができなかった。その大半は諸般の事情なのだろうが、中には出にくくて来られなかった子もいるのでは。そのことがずっと気に罹ってしまった。
それでも解散後、自分からせがんで?2次会へ。3次会はカラオケ。久々に歌など歌ってしまったが、雄三さんは既に懐メロ。若い人のテンポの速い曲にはついていけず、聞き役に回った。それとびっくりしたのは酒量の少なさ。オヤジはへべれけになるまで呑んでしまうので、反省しかり。
まだまだ盛り上がっていたが、色々と連絡など入り、中座して帰路へ。最寄り駅で終バスを逃すところだったが、階段の上から手を挙げたら、親切な運転手さんが再度ドアを開けてくれた。降りる時に丁重に礼を述べたのはいうまでもない。バスの尾灯が何故か暖かく見えた。

1月9日の出来事。

2012年1月9日月曜日

遊ぶ事は、いいことだ その2

三崎食堂から帰って来ても、まだ誰もハーバーに姿は見えないので、TO氏と二人でフィッティング。全部自分でやってしまうから他のメンバーが覚えないとTO氏よりアドバイスを受ける。確かにそうだ。考えなくては。定刻になったので歩いて出艇申告に。小さな山越えをするが準備運動にはなる。
そのうちに今日の乗艇メンバーが到着。スキッパーのK先輩、頼りになるが、人出が欲しい肝心の時に何故か私用を済ませる癖あり。バウマンのNJ君は唯一の20代。ヨットセンスもいいが、学業忙しくブランク大きい。マストのMT氏、ガッツがあり気も優しく家族思いだが、夜の世界に精通し過ぎ?まあ、ヨットには関係ないですが。そしてヨットオタクのTO氏というメンバー。皆を急がせてハーバー一番にクレーンで下架したものの、アルツ傾向の私が昼飯を積み込み忘れるという大失態を演じる。おかげて愛艇の浮いてる写真を撮ることができたが。
レースは抜群のスタート、というよりも新春親善レースなので皆が譲ってくれただけ。シビアなレースだったら入れてくれなかったに違いない。往きは風の振れや細かいアップダウンを拾い切れなかったが、スタートの貯金があり中盤でマーク回航。素早くスピンアップのつもりが
思わぬトラブル発生。それでも何とか解消。フリーになると早い、どんどん後続との距離を広げる。ここで問題発生。最後に短い上りがあるのだ、今の小さなジブでは抜かれてしまうこと必至。ここ一番、がんばってジブ交換。マイナートラブルはあったが、無事にジェノアアップ。ライバル艇CRさんの猛追撃を振り切って鼻の差で先着。他との順位はどうでも良くなった。CRさんに勝てただけで大満足。
緑豊かな壺で洋上ランチ。ドンペリではないがハッピーニューイヤーでシャンパンコルクをパーン!気持ちの良い昼餉だった。船を上げてから船組、マンション組に分かれて片付け、掃除。
レースのパーティーは毎年だが、ご馳走盛りだくさん。これだけでも参加する価値あるね。
帰りは私がハンドルキーキーパーだったので、旨そうな熱燗を横目で眺めて我慢、我慢。
連休で多少の混雑はあったが、予定時刻より早く帰宅。いつもは庭で潮出しするギアを今日はガレージ内で行った。霜にやられるといけないからね。
またまた、ストレスもどこかに飛んで行ってしまう週末だった。やはり遊ばねば、翌日へのエネルギーは湧かないという基本的な原則を実感。
1月8日の出来事。

遊ぶ事は、いいことだ その1

私は万年連休だが、世の中3連休。色々なイベントが盛りだくさん。初日の今日は、Z大の新年会。新宿のKPホテルにて開催。その後海へ行きたかったので、代々木上原の先輩宅にポルシェ号をパーク。先輩は奥様の7回忌とかで、お忙しく二言三言言葉を交わしたのみで失礼した。小田急線に乗れば10分足らずでホテルに到着。既にご挨拶は始まっていたが、乾杯前には仲間のところへ。理事長のご挨拶は後半のみしか解らなかったが、大学経営も難しい局面にたたされているよう。この逆風を乗り切り、新事業にも着手とのこと。そのたぐいの事でお誘いも頂いたが、まあ過剰な期待はせずに待つこととしよう。
アルコール探知機を使い飲み過ぎを警戒したが、機械を見せたら、すっかり仲間のおもちゃになってしまった。それで解ったのだが、この安物検知器、連続使用に弱い様子。インターバルを開けて測定すれば結構正確なようだ。代々木上原に戻り大黒湯へ。本日のハンドルキーパーは例のTO氏にお願いしてあるが、酔いを覚ます目的で行ったのだが、ここはまるで昭和そのもの。裕次郎の歌声をバックにモンローの写真を眺め、湯上がりにフルーツ牛乳を飲む。初見のおじいさまが、新聞記事について、あれこれ質問してくる。ははあ、かつては銭湯が町の社交場だったのだな。日本にもそういう文化があったのだ。しばしの間、タイムトリップを味わった。駅の改札でTO氏と待ち合わせ。古本屋もどことなくお洒落な上原でした。
夜は、ハーバーから歩いていけるHJで乾杯。〆はワンタンライス。なかなか美味だった。
21時前に爆睡。
5時には目が覚めたが、睡眠充分。この頃お気に入りの三崎食堂へ。朝市をやっている関係で既に車が一杯。食堂は暗い内は入れるが、陽が昇るとすぐに満席になるとか。期待したサラダは残念ながら外れ。この冬は暖かい三浦でも霜の被害が大きいよう。マグロはいけたが、徐々にメニューの単価が上がっているのが気になる。普通の朝定がいいなあ。客数が増えるにつれて高級店に様変わりしないことを望む。

城ヶ島の向こうから昇ってくる朝日が壮大だった。
今日は、あまり吹かないといいなあ。まあ、先週のようなことは無いだろうけど。
1月7日から8日の朝にかけての出来事。

2012年1月6日金曜日

仕事初め

35ノットの嵐?を乗り越えた後遺症で脚が攣ったり筋肉痛だったり、こういう言い訳は常に得意とするところなのだが、年末から気になっていたガレージ掃除に着手。暖かい昼間に敢行、それほど大袈裟なものでは無いが、作業着は煤だらけになった。明日が6日でゴミ収集の初日だから逆算してやったというお粗末。夜は初仕事、と言ってもPCに向かいパチパチ、次週のレジュメ作り。あとは保育園の指導案もあるのだが、またもや気絶爆睡。こればかりは、年が改まっても変わらないようだ。
明けて翌日、朝のゴミ集積場は案の定、既にうず高く積まれたゴミ袋に遠慮してガレージ内には多数の袋が残った。まあ、ぼちぼち出して行くことにしよう。

所要があって、都内へ。風が弱いと、それほどの寒さは感じないものだ。吉祥寺へ出て、TO氏ご推薦の蕎麦屋UGへ行こうと思ったが、電話がFAXになっていて通じない。まだ年初でお休みとみて、確実にやっているデパートへ。神田の名店Mの支店がある。蕎麦味噌と熱燗があればそれで蕎麦屋に行く目的の80%は達成。どちらも満足な出来だった。ふむふむ。
バスに乗って北上、道路混雑ルートの上に老人と子連れが多いという悪条件が重なり、運転手さんの、いらいらは爆発寸前まで高まっているのが、観てとれた。安全運転願います。安全運転といえば、アルコールテスターを試してみた。日本酒1本の後、3時間で0.05まで数値は回復。酔っているという実感もかなり低下。この後、ちゃんと西武池袋線に乗って帰宅したが、しばしお茶でも飲めば運転可能な状態になるかもしれない。でも、良い子は真似をしてはいけません。新年5日から6日にかけての出来事。

2012年1月4日水曜日

波乱の幕開け

正月2日は、自分の誕生日。干支を一回りした次の歳なので人生終盤の1歳目ということになる。こういう日はセーリングしなくてはと計画を立てるが付き合ってくれる方は極めて稀なり。初日の出を洋上で見るのが恒例だったのは昔日の夢物語か。それでも有難い友人が2名、この寒空におつき合いしてくださった。コースはいくつか考えたが、葉山までのミニクルージングと決定。準備万端なるも抜け多し。一番重要と思われる携帯式ストーブを忘れたと気がついたのは、既に多摩川を渡ってから。時既に遅し。今回はレースではないので、気楽に乗ろうと、ヨットに乗る前にやる儀式は全て省略。その儀式とは、まずは爪を切ることから始まり、セーリングギアの準備、お守りブレスレットの装着などなど。セーリングシューズも当然置いていったが、寒いといけないのでクロックス長靴、合羽の下のみ、冬用グローブだけはもつことにした。この時点から海を甘く見ていたことが解る。
後輩のM氏と最近濃いお付き合いのTO氏がこの冬空におつき合いくださった希有なお友達。出航準備を済ませ、いつもの様にハーバーで手続きを済ませるが、今日に限って天候の予報が出ていない。きっと予報会社も正月休みだったのだろう。予報は北の風8mだが、相模湾は、北へ行くほど風が落ちるので、辛いのは最初の1時間と読み出航。海へ出ると白い波がぽちぽちと。遊びで行くので迷わずワンポイントリーフ。ここでも少しトラブル。手順のコンビネーションが悪く、フィッティングも不十分。ここでも第二の問題点が暴露。でも、なんとかなるだろうという甘い気持ちで沖へ。ジブの展開で、また一悶着。これもフィッティング確認の甘さ。まだ三人と船のマッチングが充分でなく、マイナートラブルが次々と。でも、このときはまだ風速18ノットぐらいだったので、全員が辛いけれど葉山まで行くという気持ちに何の揺らぎも無かった。
網をかわしたころから風が上がる20,25,30と。小網代の吹き抜けだろうと楽観。亀城を越せば楽になると自分にいい聞かせるが、大島の上には不穏な黒雲。前線の発生だろう。江ノ島方向は明るいので、ちょっと持ちこたえればと考えていたが、海はそれほど甘くなかった。35ノット!限界を感じメインダウン。ジブを50%ぐらいまでファーリング。ストーム1枚といったミニマムリグとなった。このころは上せるはずもなくアビーム流し、行き先は伊東方向。ここで上のジブシートが外れているという重大なトラブル発見。自分が付けにいくが、この体重は船を更にヒールさせ、船のコントロールが難しくなるので一旦コクピットにバック。3人の中では軽量、長身のM氏にハーネスを着けてもらってバウをお願いし、ヘルムにポジション交替。とにかく安定して走らせようと波を除け除け船を進める。ハーネスを着けたM氏、なかなか前へ行かない。後で聞いたら心のシフトチェンジをしていたとか。沖に行けばもっと波が悪くなりそうなので、促すと一歩一歩慎重に前に這って行く。ジブシートを通す時に海側から通すか、船側から通すか、しばし悩んでいたが無事に装着終了。待ちかねたタッキング、無事に船は周り陸の方向へ。進行方向は佐島。葉山までの半分ぐらいまでは来ていたが、波頭の上を砕け散る風紋を見て、上へ上るのはもう限界と判断。壺へ逆戻りを決める。小さなジブ1枚でも艇速は5から6ノット。風速は一旦25ノットまで落ちたが、また30ノットオーバー。このとき、やっと写真を撮る余裕が出た。壺の入港よりも、三崎への入港が簡単と考え、さらに5度下す。走り安い角度で良かったが、追手だったら、まず走れ無かっただろう。天はまだ味方をしていてくれたのだ。
その後もいくつかドラマはあったが、無事に三崎港に着岸。マグロの吹き流しが大きく波打ちながら泳いでいた。まだまだ外は吹いていそう。

無事の生還?を祝いバーボンで乾杯。M氏は交渉術の天才で、潮まみれのオイルスキン上下で、よろよろしながら風呂の交渉に行ってくれた。475円とは思えない展望絶景の夕焼け風呂。
生きていて良かったという実感が、暖かさを伴って爪先から頭のてっぺんまで一気に駈け登ってきた。間一髪!
誕生日と命日が一緒という事態になりかねないセーリングを振り返る。
命を預けられる貴重な仲間に乾杯!